日本は島国代表として態勢立て直し、大陸砂漠思想に対峙するべきだ。

今も続く日本の無責任体制。政治学者丸山真男の批判
以降、議論が重なるけど、事態は殆ど改善されず。
知識人の分析が甘いことにも問題があるか。

天皇制に関しては、現人神とされた天皇は、疑似宗教
性や権威者の性質を持つので、その面から、免責する
のは無いことも無い話。
それと、日本官僚の無責任体質はまた別の話。

島国日本の民は、大自然の環境の制約を受止め、自らを
卑小な存在とし、卑小なるが故に、おとな、権力者でも
無責任で良いことにされた。

島国人は、環境制約を認め、自分勝手利己主義を抑制し
た自分勝手で暴走しては、環境破壊で収拾困難になる、
と。空間の制約を認めた。

大陸人、遊牧民、砂漠民は、環境制約を認識せず。
自然環境(砂漠)を敵視し、克服征服の対象にした。
神を悪用し、自然支配を正統化。

空間制約の代りに、宗教神話でこの世の始めと終り
を設定し、時間の制約を設けた。でも現実人は時間
の制約を殆ど認識せず。

砂漠人、一神教徒は、神に従属しながら、自己主張
や自分勝手を追求。

大陸文明、基督教社会にはLogos思想がある。預言言語
を信じ、論理や理性を貫徹させる。日本にはそれが無い。

大陸流は、権力者が明確な命令を発し、それで結果が悪
ければ、権力者は責任を取り退場。

島国日本はむしろ言語不信、言語による意志伝達よりも、
以心伝心や忖度が好ましいとされ、命令は不明確曖昧。

現場には裁量の余地があるけど、問題が生じた時には、
現場が過剰に責任を取らされる。

上司権力者は、命令の曖昧さを悪用して責任回避。その
病理が、現政権で何重にも示される。

これはA総理を個人攻撃してどうにかなる問題ではある
まい。日本社会に体質問題とするならば、深刻に対応
せねばならず。

日本は国際戦争に能力不足のまま突入して惨敗。戦後
日本左翼は、日本の軍国主義思想を批判したけど、
体質、能力にまで掘り進まず。

官僚や体育会系統に残存した無責任体質を、戦後も継
続させた。

これは説教で改まる様な思想上の問題にあらず。無責
任体質日本は国際競争に対応不能、競争から撤退するべき。

大陸型権力体制が優れるとするのも、それに同化する
のも無理。Globalismに対処するとして格差拡大推進、
構造改革、移民政策に暴走する悪政をいい加減に止め
ねばならず。

明治以来近代日本はAsia代表、東洋代表として西洋
近代に対峙することを試みたけど、Chinaに再逆転
を許し、挫折。

日本はAsia代表を断念し、島国代表として態勢立て
直しを試みるべきだと愚考。

大陸思想、砂漠思想、音声言語主義と、島国思想、
変化に富む生活環境を肯定し、視覚重視の態度の
弁証法、両者の均衡を摸索するべきだ。

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