「大和皇統」続き。
戦前日本人は、教育勅語思想が2500年の万世一系の大和皇統の支配を
通して、絶対の真実だと信じ込まされた。でも明かな嘘だ。
憲法は本来、秘密を無くして透明化するもの。でも伊藤博文は憲法で逆
のことをした。憲法外の機関がいくつも作られた。
統帥権独立は、山縣有朋存命中は問題にならず。でも山縣亡き後、軍は
独自の体制になり、手がつけられぬものに。
戦前日本の歯無しの議会や明治憲法は、政党が重要な影響力を持つことを
阻止するために設置された。日本の政治屋たちは、官僚や裁判官を任命する
ことも解雇することも出来ず。彼らを昇進させて、間接に大きな見返りを得た。
これは戦後も同じ。
伊藤博文は、日本の救済が自身の肩にのみかかると信じ、他の人びとは愚か
者だと見た。伊藤や山縣有朋は、反対者を、賄賂や地位提供で切り崩した。
津田梅(梅子)はQuaker基督教徒。Berlinで、Wilmhelm皇帝は伊藤博文に、
基督教無しでは日本は本当の文明の地にならず、と諭した。
山縣有朋の権力の網は山口組にも広がる。(ママ)山口県、旧長州を拠点にす
る893組織。(ママ、山口組は神戸発祥、初代組長が名前の由来)
山縣は893を政治運動や労働示威運動に利用した。山縣の立場は、Korea、
満州がRussiaの手に落ちるのを防げ。日本は清国との戦争に勝利したけど、
Germany、Russia、Franceは南満州(ママ)を清国に返還させた。(三国
干渉で遼東半島を返還)
日露戦争で、Russia艦隊が対馬の戦闘で全滅させられた。伊藤博文は、
始めはKorea、満州獲得に反対したけど、頭山満に脅されて、それを受け
入れた。この時点で日本は山縣のもの。